はらり、と音を立てずに何かが降り立つ。
ルルーシュに縋り付き泣き叫ぶナナリーは気がつかない。
「目を、あけてくださいお兄様、お兄様っ!」
ただ無言で、降り立った影はその様子を見つめていた。

彼女がそうしている理由なんてもう考えるまでもなかったから。
声をかけることなんてできるわけもなくて、ただ立ち尽くす。
慰めも労わりも、今の自分にはできないことであった。

時がしばらく経っても涙は枯れることなく、泣き声もまだ響いている。
これはルルーシュにとって最高のレクイエムだ、なんて考える自分はおかしいのだろうか。
でも間違いなく、それは真実であると思った。

 + + + 


周りの喧騒も少しずつ納まりを見せ始め、ゼロを取り囲む人々も減ってくる。
人々の背中を押すような強い風になびいたマントが彼女を影で覆った。
それと共にマントがはためく音に彼女はその顔を向けぬまま、静かに言葉を発する。

「お兄様は、何故こんなことを...」
それは独り言に近い、問いかけであった。
命を絶たずとも、兄ならば不可能ではなかったはずなのに、と言外に含んでいるように感じられた。

僕は言葉を返さない。
ここにいるゼロが枢木スザクだということを知られるわけにはいかないから。

それでもきっと、この少女はわかっている。
そう単純に思った。

だからこそゼロに向かって話しかけているのだろうし、問いかけているのだと思う。
それでも僕は返せない。
返しては、ならないのだ。


大きな声でを言いたかった。
君が罪を背負う必要はないのだと。
きっと優しい君のことだから、自分のために自分のせいでこんなことをしたのだと思ってると思う。
彼の根底にあったのは、唯一君のためであっただろうけど、決して君だけのためではないのだと。

これは贖罪なのだと。

彼が今までしてきたことに対する彼なりの対価なのだと。
彼は言った、撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ、と。
だから俺はその覚悟を持って今まで引き金を引いてきたのだ、と。

その覚悟がなくなってしまえばいいって思ったこともあった。
なんて頑固で愚かなやつなんだろうって思ったこともあった気がする。
それでもそれがルルーシュだから。
だからこそ俺はここまであいつとやってこれたんだと思う。

全て俺に押し付けて無責任に消えていったように見せて、実は俺に居場所を与えてくれたことを俺は知っている。
あぁ君は、僕の憎しみさえも全て奪っていくつもりだったんだね。
でも、俺は俺の望みを予期しない形で叶えてくれたことを知っているから。

振り払われることを覚悟で、ナナリーの手に重ねようと手を伸ばす。
言葉にしなくともきっと彼女なら、察してくれるような気がしたから。
そんな超希望的すぎる思考に頭の中で苦笑して、軽く手を重ねた。


その瞬間、はじかれたようにこちらを向くナナリーに仮面の中で薄く笑みを浮かべた。


一瞬目を伏せ、ナナリーは困惑の表情を浮かべる。
口を小さく開けては閉じ、それを何度も繰り返した。



「貴方が...喋れないというのなら、私は貴方の声になります」
若干の躊躇の後、言葉を選びながら彼女は途切れ途切れにそう言った。
「貴方が素顔を曝せないというのなら私は貴方の顔になります!」

そのあとは、目を伏せることなく滞ることなくしっかりと言葉を紡いだ。


「お兄様が尊厳、誇り、名声...命、その身の全てを持ってなさったこのレクイエムの表舞台から、私を降ろさないで下さい!」
ルルーシュはそんなものはどうでもよかったんだ。
尊厳や誇り名声、命さえも彼にとっては駒の一つだった。
よりよい手を打つための、他より少しだけ重くて動かしにくいだけの。

...ルルーシュは、望んでいた。
自分がいなくなったあとの世界に、ナナリーが関与することを。
あいつはもう自身の考えと意志をしっかりと持っているから、と嬉しそうにそれでいて少し哀しそうに。
「ス...っ!」

痺れを切らしたかのように名を呼ぶ彼女を抱き上げ、言葉を止める。
冷静な彼女なら呼び上げるようなことなどしないだろうに...。
ここまでさせてしまったことに再び自分の成してきたことの大きさを思い知らされた気がした。
...それはそうなるであろう。
唯一の肉親であり、一番長くそば居て一番愛した人が亡くなったのだから。

「ルルーシュは、それを望んでいた」
「お兄様が?」
周りに悟られぬように小さく呟き、頷いた。
「だから...いや違うな、君だから僕も関わらせたいって思う」
そう言って身体の向きを直す。
遠くからコーネリアが走ってくるのが見えた。
「...こんな僕に協力してくれるかい?」
君を騙し、裏切り...父を殺そうとし、最愛の兄をこの手で今さっき葬った自分に。
こんな汚れた自分に。
「お兄様がその身の全てを賭けてなさった、...貴方が存在の全てを賭けてなさった世界の再生。
それが罪だというのなら、ダモクレスに乗りフレイヤを撃った私のそれは同じではないでしょうか。
...私はもう自分のために生きる権利など持ってはいないんです」


嗚呼、本当に君たち兄妹は似ている。
哀しいほどにそっくりで、泣きたいほどに彼を彷彿させる。


そんなことはないのだと、本当は言いたかった。
そうしたら、自分たちのやったことに意味が無くなってしまう。
憎しみも罪も、全て彼だけが、そして正義を引き継いだ自分だけが背負うということが。


「...」

でも、何も言えなかった。
ただ仮面の中で苦笑するしか。

その言葉を彼女は望んでいなかったから。
それだけの覚悟を持ち空へ昇り、鍵をにぎっていたのだと分かったから。
自分を曲げないところも、本当に彼にそっくりで(嬉しくて)嫌になる。
もう少し彼女のほうが素直かなと思っていたけれど、やっぱり同じくらい頑固であった。

「協力させてください、ゼロ」

そう言うナナリーに、思わず反射的に騎士の礼をとろうとした。
でもそれはしてはいけないのだと、自分にもう一度言い聞かせた。
自分はもう『枢木スザク』ではないのだから、と。
自分は、ゼロ以外の何者でもないのだと。

言葉の代わりに力強く頷く。
言葉は彼女に託したから、もう自分に言葉はいらないような気がした。
自分は記号であり、名のある人ではないのだから。

「ナナリー!」
「コーネリアお姉様!」
声が聞こえナナリーは嬉しそうに名を呼んだ。
近くまで来た彼女にナナリーを託し、『ゼロ』はマントを翻し踵を返す。

「ゼロ!お前は一体...っ」
去り行く背中にコーネリアは叫び問うた。

その声に振り返らぬ背中に、ナナリーはかまわず叫んだ。


「ありがとう、ございましたっ」


嗚呼その言葉は何に向けられたものだろうか。


もし世界の人がそれを聞いていたら、兄からの虐げから救われた礼だと思っただろう。
実際、ルルーシュのナナリーへの接し方は本当の彼からは考えられないものだった気がする。
ただしその影で未だ捨てられるはずなどない彼女への情に、彼の心が壊れそうになっていたことを知っていた。

だからこそ、なのかもしれない。

その声が涙に震えている理由を、僕は考えないようにすることしかできなかった。






 + + + 





月日は、嫌でも廻る。

人はマイナスな記憶を奥底へ沈め、思い出さないようにと無意識に蓋をする。
...ルルーシュのことを口にする者はもう、誰もいなかった。

思い出は時の波とともに否応なく薄れていく。
ナナリーや自分も例外ではなく、失わないようにかき集めても抜けていく記憶の砂は止められない。


忘れられてもいい、と彼は笑った。
平和な世界がそこにあるのなら、それが自分が存在した証だ、と得意気にまるで嬉しそうに。

歴史は自分を呪うだろう。
謡うよう蔑み嘲笑うのだろう、とも言っていた。



それでも...
いやだからこそ、俺は願っているのかもしれない。




この世への祝福の全てが、彼への手向けの言の葉であるように。





<END>










・後反・

最終回のその日から実はずっと書いてました。
自分の中で噛み砕けなかったりしたものをどうにかしようとあがいてみました。
きっとスザクはナナリーがルルーシュに似てて嬉しくて哀しくてどうしようもなくなっちゃうんじゃないかな、とか。
あのあとナナリーってどうしたんだろう、とか。
ちょっと補完してみたくなって書いてみました。

世界への祝福は、ルルーシュへの手向けの言葉。

惜しまれるよりも嘆かれるよりも、ルルーシュはそれが嬉しいんじゃないかなって思っています。

これが書きたくて書いた話、というのもあながち間違いではないような気がします。


081031 掲載
同日作成


















SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送