「スザク?」
優しい声が、耳に届く。
「こんなところで寝ていると風邪引くぞ?」
肩を揺らす感覚とともに、確かな熱が伝わる。
「ほら」
「んっ...」
反抗するように身じろぎをすると、呆れたように小さくため息をつかれた。
「俺の仕事が終わっても起きなかったら、おいて帰るからな」
全く、しかたがない。
そう言いたそうな素振りを見せながらも柔らかく微笑み、上着を脱いで肩にかけてくれる。
自分の寝たふりは、彼にばれているだろうか。
意識が落ちかけていたのは確かだが、それはルルーシュに声を掛けられるまでの話だ。
名前を呼ばれたその時に、まどろみからは浮上していた。
...あの日から、時は巡って早一年。
歳を重ねた自分達は、新たな記憶を刻もうとしていた。
改竄された人生の上を、彼は歩んでいる。
再会してからの自分には忘れることのできないあの一年を、彼は覚えてはいないのだ。
...それはきっと、彼にとって幸福ではないのだろう。
最愛の妹の代わりになど誰もなれはしないのだから。
そう、誰にも。
俺にも。
「...っ」
そう考えて、ふと我にかえった。
なんだというのだ。そんなことできるわけがないことなんてわかっているのに。
「スザク?」
彼の視線を感じた。
乱した意識を彼は気づいたのか。
起きるなら、今だ。
頭ではそう考えている。
今を逃せば不自然になってしまう気がした。
だが。
先程から確実に深くなっているこのまどろみの中で、曖昧な中で。
ルルーシュと自分だけの、そこで世界が完結している空間が、心地好くて。
現実に、戻りたくなくて。
彼の走らせるペンの音。
一定を刻む時計のリズム。
夕暮れの柔らかな日差し。
軍のこと。
ゼロのこと。
ルルーシュのこと。
全てが溶け合って曖昧になって飽和して。
音と光に包まれたまどろみの中に落ちてゆくのを感じた。
+ + + + +
あぁ、こんなに深く寝たのは本当に久しぶりだ。
軽い頭痛を覚え、意識が覚醒した。
目を覚ました時、辺りはすっかり闇に包まれていた。
「やっとお目覚めか?」
「ルルーシュ...」
君、今までずっといたのか?
と続けようとして、かろうじて口をつぐんだ。
「気持ち良さそうに寝てたから、置いていくのも憚られてね」
そう言って読んでいた本をぱたんと閉じた。
朧げな記憶に残る仕事の山はもうすっかり跡形もなくて、ルルーシュが本当に自分を待ってくれていたのだと実感した。
なんで、君は、そう...
「そうだ、こんな時間だしご飯でも食べていくか?今日は久しぶりに手の込んだものでも作ろうかと思っているんだが...」
それに、と一瞬間をおいて。
「来てくれたらきっとロロも喜ぶ」
そう、優しく笑った。
「...ごめんルルーシュ、今日は帰るよ。仕事が残ってるんだ」
最低だな、と独りごちる。
ここまで待たせておいて、帰らせるなんて。
挙げ句...
「そうだよな、こっちこそごめん。はしゃぎすぎた」
浮かべる笑顔に、嫉妬した、なんて。
苦笑したルルーシュに、違うと言いたかった。
別に君は悪くないのだと。
「ううん、嬉しいよ。ありがとう...またぜひ今度」
「ああ」
...いや本当はルルーシュが悪いのかもしれない。
ルルーシュさえ、あんなことをしなければ俺たちの関係はこんなにはなっていなかった。
普通に再会して、友達として遊んで、笑いあって。
何の後ろめたさもなく、また3人で一緒に…
...そうでなければ、お前たちは生きて再会できなかったのにな。
眩しさを感じる空想の中、魔女の声が、聞こえた気がした。
「じゃあまたな」
ルルーシュがそう言って踵を返す。
「...ルルーシュ!」
聞こえない。
そんなものは気のせいだ。
思いの外大きく出た自分の声で、上書きする。
「上着、ありがとう」
「ああ!」
そう言って笑った顔は俺だけのもので、安心した、はずなのに。
同時に突き刺さるこの鈍い痛みは、なんだろう。
また、耳元で魔女が囁いた気がする。
だがそれは言語化されることなく頭の中をすり抜けていき、形としては残らなかった。
勘違いか、と思った。
しかし、その後突如として襲った喪失感と胸の痛みがその存在を明確に主張していた。
<END>
110307 作成
110320 掲載
「恋する貴方に15のお題(長文編)//
7.君の優しさが僕の無言の罪を包み、そして苛み続ける。」